done’s diary

毒親育ちの過去と今、そして未来の話。

りんごがすきな話

突然ですが、僕は祖父の生まれ変わりだそうです。

 

などと自虐ネタから始まる強烈な今日のブログ。

 

僕は、祖父と会ったことがありません。

父方の祖父も、母方の祖父も生まれる前に亡くなりました。

 

ひとつひとつ詳しい経緯を離すと長くなるのでだいぶ端折りますが、、。

 

僕が生まれる前、両親と姉たちは父方の祖父母と同居していました。

 

祖父はどうやら、暴力を振るうタイプの人だったらしいのですが、初孫である長姉のことは溺愛していたようです。

 

その他にも色々事情はあったのですが、僕が生まれる一年ほど前に父は家を買い同居を解消、引っ越してすぐに祖父は亡くなりその後に僕の妊娠が発覚したようです。

 

そんな中妊娠報告をした母に祖母が放った一言が、僕が生まれてから家をでるまでの17年の間母と僕を苦しめました。

 

『『おじいちゃんの生まれ変わりね!』』

 

それを聞いて母は父に泣きついたそうです。

「お腹の子が男の子だったら堕したい」

 

幸い僕の性別が女の子だったことと、その時母は35歳で子供を産むならラストチャンスだということで僕は生まれてきました。

 

「男の子だったらあんたは生まれてなかった」

なんて話を若干3才の頃からことあるごとに言われる家庭環境もどうかと思うのですが、その言葉は家を出て両親と縁を切った今でも呪縛のようにまとわりついて離れません。

 

年の離れた姉はおじいちゃんっ子だったこともあり、祖父のいい話も悪い話も教えてくれましたが、一度も会ったことのない僕には祖父は遠い存在の人だし、そんな人と似てるところを見つけては蔑まれて実の両親から嫌われて苦しい思い出しかありません。

 

僕はりんごが果物のなかで1番好きだけど、

生前祖父もりんごが好きだったそうで

りんごが好きだと言えば『そういうおじいちゃんにそっくりなところ大嫌い』と母に睨まれなぜか泣かれ、おかげで実家では僕はびわと柿が好きなちょっと変わった娘であり続けました。

 

僕にとって会ったことも話したこともない祖父との些細な共通点を見つけては、実の母に「嫌いだ」と泣かれる日々は馬鹿馬鹿しくて反抗する気にもなれずに心が腐っていく感覚だけが残る。

 

そうやって嫌いだ、気持ち悪いと蔑むくせに母はことあるごとに言いました。

 

「せっかく産んであげた体なんだから、ピアスと刺青、自殺だけはしないで」と。

 

「自分の体を傷つける様なことをしないで」と。

 

そして父も、

「タバコはやめとけ。クズになる」と。

 

馬鹿みたい。

家を出る直前に、母の目の前でニードルでピアスをぶちあけました。

 

あれが、最初で最後の精一杯の反抗だったのかもしれません。

 

今でも、母の言葉が蘇るたびに、

電車に飛び込みそうになります。

ビルから飛び降りたくなります。

 

一人暮らしで、自由にりんごを齧れるのに、

りんごを手にするたびに、

「結局おじいちゃんの生まれ変わりなのね」という母の声が蘇って買うのをやめてしまいます。

 

 

 

 親と縁を切って4年。

書類上での繋がりが消え去っても、

呪縛から解き放たれるまではまだまだかかりそうです。